東京高等裁判所 昭和35年(ネ)80号 判決 1960年9月22日
控訴人 小泉冨枝 外二名
被控訴人 日動火災海上保険株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人等代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人等各自に対し金十万円宛及びこれに対する昭和三十三年十月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決七枚目-記録七二丁-表十一行目に「生命自体」とあるのは、「生命身体」の誤記と認められるから、右のとおり訂正する)。
控訴人等代理人は、「本件の遅延損害金は訴状送達の翌日である昭和三十三年十月二日以降の分を請求する。」と述べた。
理由
一、訴外小泉迪雄が昭和三十一年八月二十七日訴外春日部自動車運送株式会社所有の貨物自動車(車体番号埼第三-六九九九号)を運転し、松戸市高野から茨城県鹿島郡鹿島町所在鹿島神社まで、荷物を運送しての帰途、同日午後五時四十分頃同県稲敷郡東村中代地先同県県道水郷大橋上にさしかかつた際、たまたま同所路面にくぼみがあつて、これに自動車の車輪が落ち込んだため、迪雄はハンドル操作の自由を失い、自動車もろとも、同所左側橋桁を突破し、約十メートル下の利根川の河原に墜落し、その結果、右自動車の下敷となり、間もなく死亡したことは、当事者間に争がない。本件事故発生当時、右自動車の所有者である前記春日部自動車運送株式会社は自己のために右自動車を運行の用に供していた者(保有者)であつて、右迪雄は同会社の被用者として同会社のために右自動車の運転に従事していたものであることは、本件弁論の全趣旨に徴し、当事者間に争のないところである。
二、ところで、控訴人等の本訴請求は、自動車損害賠償保障法(以下単に同法又は保障法という)第三条本文にいわゆる「他人」には、当該自動車の運転者も含まれるものであるとして、本件事故については右規定が適用せられ、保有者の損害賠償の責任が発生した場合であることを主張して、同法第十六条に基き、保険会社である被控訴人に対し、保険金額の限度で、損害賠償額の支払をなすことを請求するものであることは、控訴人等の主張事実自体により明らかであるから、右第三条にいわゆる「他人」に、当該自動車の運転者が含まれるものかどうかについて、まず判断を加えることとする。
(イ)、控訴人等は、「同法は、その第一条に規定するように、自動車事故によつて生命又は身体を害された被害者の損害の賠償を保障する目的で制定されたもので、被害者の範囲を限定していないから、加害自動車の運転者でも、その自動車の運行によつて死亡又は負傷したときは、事故発生について故意過失のない限り、保障法によつて保護される。」旨主張する。しかしながら、右第一条は同法制定の目的を明示したまでのことであるから、右規定の中で被害者の範囲を限定していないからといつて、ただちに、同法の保護を受ける被害者のうちに、加害自動車の運転者を含むと即断することはできない。
(ロ)、控訴人等は、「同法第三条は民法第七〇九条及び第七一五条の特則とみるべきであるところ、民法第七一五条にいわゆる「第三者」のうちには、当該事業主及びその被用者以外の者だけでなく、当該事業主の被用者であつても、加害者以外の者は、すべて含まれると解されるのであるから、民法第七一五条の特則である同法第三条を解釈するに当つても、保有者の使用人であつて運転者以外の者が、その行為によつて加害自動車の運転者の生命及び身体を害したときは、当該運転者は、被害者として同条の規定により、右自動車の保有者に対し損害賠償責任を追求することができるものと解すべきである。」旨主張する。なるほど、同法第三条により保有者の損害賠償の責任が発生する場合として、保有者自身が加害行為をなした場合と、保有者の被用者である運転者が加害行為をなした場合とがあつて、民法上の不法行為の原則に従えば、前者は民法第七〇九条の問題であり、後者は同法第七一五条の問題であるから、この意味で、保障法第三条は、民法第七〇九条及び第七一五条の特則であると考えられる。また、民法第七一五条にいわゆる「第三者」のうちには、当該事業主及びその被用者以外のものだけでなく、当該事業のための被用者であつても、加害行為者以外の者であれば、これを含むものと解するのを相当とする。従つて、事故を発生した当該自動車の運転者であつても、民法第七一五条の「第三者」に当る場合のあることは、控訴人等主張のとおりであるけれども、民法第七一五条と保障法第三条とは、それぞれその制度の趣旨及び目的を異にしているのであるから、上記のことからただちに、保障法第三条本文にいわゆる「他人」のうちに、当該自動車の運転者を含むものと断定することはできない。
(ハ)、自動車交通の発達は近時特に著しく、これとともに事故防止対策の強化にもかかわらず、自動車事故はますます多くなつている。このような事故による犠牲者の救済策を講ずることは、近代国家の責務といえる。保障法は、このような見地から制定されたもので、自動車の運行による人身(死傷)事故の発生した場合、賠償責任の主体と要件について、民法の不法行為の原則に対する特則を設け、例外の場合を除いて、原則として、強制責任保険の制度を確立することによつて、加害者側の賠償能力を常時確保するための措置を講ずるとともに、併せて政府の自動車損害賠償保障事業等について規定している。これらの諸規定を通覧すれば、結局同法は、自動車の運行による人身事故の被害者に対して、迅速且つ適確に損害の賠償を得させることによつて、その保護を図ろうとすることが主要な目的であることが明らかである。ところで、自動車の運行による被害者を類別してみると、(1) 自己のために加害自動車を運行の用に供した者(保障法にいわゆる保有者のほか、正当の権原がなくて自動車を使用した者も含む)、(2) 他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事した者(保障法にいわゆる運転者、以下同じ)、(3) 加害自動車の乗客、好意同乗者その他運転者以外の同乗者、(4) 通行人その他加害自動車の外部の一般人の四つに分けることができる。右(3) 及び(4) の範疇に属する者は、自動車交通の発達した近時の社会で、一番多く直接事故発生の危険に曝されているものであるから、自動車の運行による人身事故が発生した場合には、これらの者の損害賠償を保障し、その救済策を十分にすることが要求されるわけである。保障法はこの要求に応えて制定されたものである。右の(1) の範疇に属する者は、同法第三条が明定しているように、損害賠償責任の主体とされているものであつて、これらの者は事故の被害者となつた場合でも、民法上の不法行為その他一般私法の原則によるほか、特にその救済を厚くしなければならないとする実質的な理由を見出すことはできない。右(2) の範疇に属する運転者は、自動車の運行に関し事故の発生を未然に防止しなければならない注意義務を負担しているものであつて、多くの場合事故発生に直接の原因を与えたものとして、保有者とともに、不法行為責任を負うべき立場にあるものである。そればかりでなく、運転者が自動車の運行による事故で死亡したり又は負傷したような場合には、労働基準法及び労働者災害補償保険法等によつて救済を受けられるようになつている。立法論としてはかく別、同法の解釈論としてはいわば加害者側に立つこれら運転者をも保護の対象である被害者のうちに含めて、損害賠償の保障制度を設けたものと解するのは、上記の同法の立法趣旨その他と合せ考えれば、むりであると解する。
(ニ)、自動車損害賠償責任保険契約においては、運転者は保有者とともに被保険者となるのであつて、第三者となるものでないことは、保障法第十一条の規定により明らかである。すなわち同条所定の「被害者」のうちに運転者を含まないことは、右規定の文言に徴し疑のないところであるから、同法は加害自動車の運転者が被害者となる場合を予定していないことを窺うに難くない。
(ホ)、同法第三条但書は、保有者及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことを証明したことを、他の事項の証明と併せて保有者の損害賠償責任の免責の事由と定めているのであるが、運転者を保有者と並べて規定しているところからみると、同法は、上記にも述べたとおり、運転者を保有者とともに加害者側に立つているものとみていることが推察されるのである。同条但書に「自己及び運転者」とある「及び」は、いわゆる「及び又は」の「及び」であるとの控訴人の主張にはにわかに賛同できない。
上記の諸点を総合して判断すると、同法第三条本文にいわゆる「他人」のうちに、加害自動車の運転者は含まれないものと解するのを相当とする。
三、本件では、本件事故の被害者である小泉迪雄は、加害自動車の運転者であるから、同法第三条本文の「他人」に該当しないことは、上記の説明により明らかである。従つて本件は、保障法第三条による保有者の損害賠償責任が発生した場合に当らないので、本件事故について右規定が適用せられるものであることを前提として、同法第十六条に基き、保険会社である被控訴人に対して、保険金額の限度で、損害賠償額の支払をなすことを求める控訴人等の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。従つて右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項を適用して、これを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)